いつも通りに執り行われる朝の会議にて、私はたったいま我が耳を疑った。
そんなはずはない。今のあの人の言葉は嘘だ。
ゴクリと唾を飲み下し、頭の中で否定の言葉を繰り返しながら私は早鐘になる心臓を抑えて問うた。


「今…なんて…」
「あァ?聞こえたなかったのか?テメーはクビだっつってんだよ。もう用無しだ。」






さよならを君に






改めて言い直した土方さんの言葉に隊士のみんながぎょっとしたような表情となった。

それにくらべて私は至って冷静で――いや、きっと要らないと言われていることを
認めていないからこそ、こんな風に第三者的な視点でいまの状況を見つめることが出来るのだろう。

騒ぎ立てる隊士一同に土方さんは元から開いている瞳孔を更に見開かせ怒鳴り声を上げた。



「副長…!なんでッスか!さんは!」
さんは真選組の切り込み隊長じゃないっすか!!」
「うるせぇんだよテメェらァアアアアア!今、言った通りだ!異論は聞かねェ!!」
「そりゃねェですぜ、土方コノヤロー。独裁政治かテメー。」
「総悟、テメーは黙っとけや、ボケェ!」



一喝して、煙草を手に取る土方さんにまだみんなは納得がいかない様子だった。
目の前の光景を私は何処か遠くで見つめている。そんな私は…このいまを認めない。

自分で言うのはなんだけれど、私はこれでもこの武装警察・真選組の一番隊・副隊長だ。
女だてら男を差し置き斬り込み隊長として先陣を切り、数多の敵を討ち取ってきた。


なのに…いま、どうして私は必要ないなんて言葉を耳にしなきゃいけないの?



「これで会議は終わりだ。テメーらとっとと――」
「土方さん…」
「あ?」
「…理由を…お聞かせ下さい…」
「…さっき言っただろうが。」
「私はまだ、戦えます。」



二月前のテロによって不覚にも利き手に深手を負ってしまった私は刀を握れなくなってしまった。
恐らく、それが理由で土方さんは私をクビにしようとしているのだと思う。


でも、一月前からリハビリがてら利き手を左に変えて鍛錬を積んでいる。
前ほどの動きは出来なくとも前線で戦える。



「却下だ。」
「何故ですか。私は利き腕を変えました。刀は握れます。」
「なら前みてェに戦えんのか?」
「それは…ですが、それと同レベルになるように努力は、」
「尚更却下だ。前と同じように戦えるまでどんぐらいかかると思ってやがる。
 攘夷浪士共のテロは待っちゃくれねェんだ。こっちは動けねぇ女の面倒見てる暇なんざねェよ。」
「…っ…!なら!なら、私を使って下さい!
 使い物にならないこの身体でも、奴らの囮にはなりましょう!囮として私を、」
「深手を負った女を囮に使ってることが世間にバレりゃ真選組の名が汚れる。
 これで最後だ、。テメェみてェな足手まといは要らねェ。」
「…!!」
「土方さん!それはいくらなんでも…!!」



山崎君の声なんて、私の耳にはもう聞こえなかった。
挨拶もなしに部屋を飛び出すなんて失礼極まりないこと。


でも今の私にそんなことを気にしている余裕なんてなくて、
ただ一刻も早く部屋を出ることしか頭になかった。





「まーた、マヨネーズですか?見てるだけで気持ち悪いんですけど…」
「アァ?うっせーな。テメーにマヨの良さなんざ分かるか。」
「あーそうですか。」


「死ね、土方ァ!!」
「テメーが死ね!オイ、!コイツの世話はテメーの管轄だろーがァアアア!!」
「仕方ないじゃないですか、沖田隊長、副長になったら仕事してやるって豪語するんですもん。」
「俺を犠牲にする気かよ、オイィィイイイイイ!!!」



「土方さん。」
「ンだよ。」
「私は…貴方の背中は、私が護ります。どこまでも、貴方についていきますよ。」
「…随分とたいそうなことを言うようになったじゃねェか。」
「ずっと土方さんの傍に居ましたから。」





屯所で過ごしてきた日々が私の中で甦る。
この思い出を否定されているようでもう涙は止まらなかった。



傍にいたんだ、ずっと。ここで、この場所でなければ私は生きる意味がない。
この場所であの人の傍でなければ…私には意味がないんだ。






「どうして…っ…もっと、もっと……ここで…私は、」




土方さん…私は、貴方が好きです。
お傍で貴方を護って生きていくことがどうしようもないほど…幸福でした。






居場所を無くした私はこれからどうすればいいかなんて見当も付かない。
ただ、いまは声を上げて泣くことしか…私に為す術しかなかった。








「トシ…本当にこれでいいのか?」
「…もう決めたことだ。」
「…本当に、お前はそれでいいのか?」




思い出すのは涙がこぼれそうになるのを必死で抑える隊士の、否、女の姿。
残酷なまでの言葉の剣を彼女の心に突き立てた。
それでも必死に表情を繕っていた女…






「仲間じゃなく、アイツを女としか見れなくなった時点で…俺にはあぁするしかねェんだよ!」





仲間の屍を踏み越える非情さ、残酷さを持たなければ戦場では生きられない。
たとえ鬼と呼ばれようが死んでいった仲間の為には鬼になりきらねばならない。



だが…愛する者を踏み越えることなど己にできはしない。






「これで…良かったんだよ…っ…」







鬼の拳から血がこぼれ落ちた。











2006/9/15
銀さん絵を描いて捧げたら御返しに、ということで返してくださいました。
ににににに、二部構成ですよ…!?なんかもう豪華すぎて申し訳無い、です
しかもリクエスト通りですよぉぉ!ほんっと流石だなあ…感動感動。ほんっとありがとうございました!

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