「不倫をする人のきもちがわかんない」かつて、そう少女のころそんなことを言ったあたしももう物の分別がわかるようになってて
かつてわかんなかった気持ちももうわかるようになってる。だってあたしが不倫をしてるんだ。人生なんてわかんないもんだ。

ここに至るまであたしも色んな恋愛をしてその中には政府の高官で超エリートだったりとか、明日を夢見る若きアーティストだったりとか、という風に色んな人と付き合ったけれど
その果てがこんなダメでダメでどうしようもなくて常に目が死んでてほぼプー太郎に近くて喋ることといったらいい年こいてジャンプのことか糖分のことか下品な下ネタで、なのに何故か超可愛らしい奥さんがいる男なのだから自分でも笑ってしまう。

幸いその可愛らしい奥さんにはまだバレてなくてその可愛らしい奥さんを悲しませるような結果には陥ってないのでいい。いつかバレたときこのダメ人間がどういう対応をするのか見物ではあるけど。
そしてここまでダメな男だってわかってるのにまだ銀さんを好きで好きでしようのないあたしは更にどうしようもないダメ女で馬鹿だと思う。


「ねえ銀さん」
「おう何だ」
「そろそろ帰ったほうがいいよ。奥さん心配してるだろうし。」
「お前ほんっと不倫相手ぽくねーな…奥さんというワードに抵抗を抱け。そして嫉妬の一つでもしてみろ」
「だってなんかもう申し訳無いよ。銀さん、奥さんに嘘ついてここに来てるんでしょ?ほんと申し訳無いよ。あの可愛らしい奥さんをいつか泣かせてしまうのかと思うとほんとあたし申し訳無いよ」
「…そこまで言うなら俺と別れりゃいいじゃん…つーかそこまで言われると俺まで申し訳無くなるだろ。折角開き直りかけてたのにさ…」
「あんたまで開き直っちゃったらほんと申し訳無いよ…もういいよ。あたしはいいからあんたは奥さんを大事にしてあげなよ」
「何それ遠まわしに別れ話?え、何これ、俺こんな回りくどい上に意味のわからねー別れ話はテレビでも雑誌でもラジオでも見たことがねーよ」
「ラジオを見れるわけないでしょうが。しょうもないこと言ってないでほら、早く帰りなよ」
「え、ちょ、え、待っ…押すなよ、いやいやいやいや、何勝手なこと言っちゃってんのさ……え、ピシャンじゃねえって!締め出すとか信じられないんだけれど!」

おそらく必死なのだろうがそんな気配は微塵も感じさせない体勢(具体的に言うとあたしん家のソファを占領しその上にでんと寝転がって小指で耳をほじっている体勢)でうだつのあがらない話をやめようともしない銀さんをあたしは押して引っ張って玄関まで持っていって扉をぴしゃんと閉めてやる。
「また来るの待ってるからね。でも解ってるだろうけど奥さんとあたしの比率はあくまで8:2だよ。これ不倫の基本だからね。」扉の向こうの銀さんにそう告げてあたしは銀さんの影が見えなくなるまでそこに立つ。


「…何あいつ、ほんっと意味わかんね………あー木刀置いてきちゃったかも」
銀さんはこう呟いて行ってしまった。あたしのしたあれだけのことを意味わかんねで済まして怒りもしない銀さんは器が大きいんだろうかそれとも鈍いんだろうか、ああ面倒くさいのか。


リビングに戻ってみると確かに銀さんは木刀を置きっぱなしだった。「ばっかだなあ」…あたしが一人で呟いても「うっせえな、ほっとけ」と返してくれる人はもう居ない。帰ってしまった。
あたしは一人身には少し広いリビングに立ち尽くして溜息もつけなかった。一人なんだ、そう実感した瞬間、あたしの心の中のひとりが尚更浮き彫りになった。
帰れなんて言うんじゃなかった、ほんとはあたし銀さんを独り占めしたいしたいしたい。

ちょっとだけ銀さんと出会うのがあたしより早かっただけで、「奥さん」という地位で銀さんをいちばんに独り占めできる奥さんがあたしは憎らしくて憎らしくてしょうがなかった。

ほんとは申し訳無いなんて思ったこと一度もない。銀さんと一定時間以上一緒にいるとまるであたしが銀さんの奥さんみたいに錯覚してしまって、銀さんを独り占めしたい欲望におぼれてしまうのに歯止めをかけようとして言い訳にしてるだけだ。
あたしは銀さんと結婚したいって思ってるんだろうか、そうじゃないけれど、少なくとも奥さんがいなきゃいいのにと心のどこかで思ってしまっている。
こんな醜いあたしのところに銀さんは戻ってきてくれるんだろうか。あんなに意味のわからない突き放し方をしてしまって、もう呆れられて逢ってくれなくなるんじゃないだろうか。


あたしは一人、あたしの部屋で銀さんの置き忘れてった木刀を見つめていた。もしこのまま持ち主が現れなかったら、あたしはこの木刀をどうすればいいんだろ。









ひとり、あなたの残り香と

(06/11/18 不倫ネタとか怯えつつ挑戦)