今日、うちに帰ってきたあの人の腰に、いつもの木刀がなかった。どうしたのって聞いても、なくしたとかパチンコ屋に置いてきたとか、定まらない、あいまいな答え。
一応わたしだって『奥さん』なんだから、様子がおかしいとか、そういうのはなんとなく分かる。わたしに隠し事をして、いったい銀ちゃんはどこで何をしていたのだろう? 底の浅い嘘をついてまで、隠さなくてはならないことなんだろうか。
けれどわたしは何も言わない。もしわたしが気づいてしまえば、きっと銀ちゃんはわたしの傍を捨ててしまう。
「銀ちゃん、晩御飯もう食べた?」
「あー悪ィ、外で食った」
「えー。連絡してって言ってたのにー」
外?外ってどこ? いつものファミレス? 知らないフリをしていればいい、ただそれだけのコトなのに、不安が、心配がどんどん膨らんでいく。
銀ちゃんのぶん、とってあったのになあ。わたしばっかりから回っているみたいで、なんだかツライ。銀ちゃんのこと、信じたいけれど、やっぱりどこか信じ切れない自分がいる。
「明日ん朝食うから、置いといてくれや」
「わかった。今度からちゃんと、電話してね」
「おう。悪ィな」
銀ちゃんがわたしの頭をがしがし撫でて、ソファに座った。ラップをかけた器を冷蔵庫にしまうわたしの手が、すこしだけ震えた。
もし銀ちゃんに誰か他のひとが居るのなら、きっと要らないのはわたしの方だ。わたしは、銀ちゃんの縛り方をしらないから。わたしでは、縛っておけないから。
男は胃袋で縛れというけれども、わたしはその胃袋ですら縛り損ねたんだ。もうどうすればいいか分からない。唇に力をこめる。ここで、泣いちゃいけない。
「…?」
いつまでたっても冷蔵庫の前にへばりついて離れないわたしに、銀ちゃんが思わず声をかける。「なんでもない」と慌てて返事をして、たちあがる。わたしを見ていた銀ちゃんと、目が合う。
うっすらうるんだ目に、銀ちゃんがぎょっとした顔をした。『おまえ、なに泣いてんの』、言いかけた銀ちゃんを、わたしは遮った。
「あのこが作ったご飯は、おいしかったの?」
銀ちゃんの反応が、それだけですべてを物語っていた。
こんなはずじゃなかったのに
(09/04/28 ひとり、あなたの〜の奥さん側)