「ばれた」
木刀を回収しにきたはずの銀さんが、開口一番あたしに告げた。一瞬意味が分からなかった。一体何が「ばれた」というのだ。なんだ。銀ちゃんの趣味は釣りだったか? サカナにエサを食い逃げされたことをあたしに伝えて、一体どうしようというのだろうか?
「…お前、意味分かってねーだろ。」
どうやらあたしはかなり真剣に考え込んでしまっていたらしい。目え泳いでんぞ、と銀さんのご指摘のとおり、かなり宙を見つめていた。そりゃもうアッツい視線を銀さんの肩の向こう3メートルの地点におくっていた。(ちなみに玄関の向こうには嫌味なくらい青い空が広がっていました。)
分かってない、と伝えるよりも早く頷いてから、そこではたと思い当った。
「もしかして、…お、奥さんに…?」
最悪の事態が起こってしまった。間違いなく天罰だ。きっとあのはかなげで可愛らしい奥さんは、銀さんの前で泣いたのだろう。それはもう、可愛らしく。あたしにはできないことを、難なくやってのけたんだろう。
嘘であることを願ったけれど、銀さんの表情が嘘じゃないことを物語っていた。罰の悪そうな顔。銀さん、そんな顔する必要ないよ。あたし、覚悟して付き合ってたよ。こうなるの分かってて、銀さんのこと愛したんだよ。
「、」
「どうするの?」
謝ろうとした銀さんを遮った。今謝んないでよ。謝るなら、あたしを捨てるって言ってからにしてよ。捨てられるって分かってるけど、あたしはまだ、希望を持っていたいんだよ。
正直こんなに銀さんから離れられなくなるなんて、以前のあたしは思ってもみなかった。こんなことなら、最初から出会わなければよかったのに。ねえ銀さん、あたしのうちの冷蔵庫には、いつのまにかいちごミルクがたくさん入ってるよ。いつのまにかケーキとかプリンとか、銀さんの好きそうなものがいっぱいいっぱい詰まってるよ。ねえ、その数は、あたしが銀さんをどれだけ好きかってことなんだよ。
「…どうすりゃいいか、わかんねェ」
銀さんが頭をぼりぼりかいた。なんて頼りない男なんだろう。自分で招いたことなのに。
なんて優しい男なんだろう。あたしなんて、捨ててしまえばいいのに。悩むことなんてないのに。 だって私が、しあわせだったはずの銀さんとその奥さんに、水を差してしまったんだから。
「帰りなよ」
銀さんがいつ来てもいいように、木刀は玄関に置いておいた。それを持って帰ればいい。あたしはもう、銀さんの顔は見ない。
「銀さんは、奥さんのそばにいるべきだよ」
もうこれで最後にしよう。それがきっとあたしたちにとっては、いちばんの選択。銀さんと一緒で、しあわせだったよ。できることならもう少し長く居たかったけど、それはもう許されないことだから。
あたしは精一杯笑った。けど、銀ちゃんの顔は、笑っていなかった。さみしそうだった。
「お前は、泣かねーのな。」
あたしの当初の思惑通り、あたしが生涯で一番愛したひとは、捨て台詞を吐いたあと木刀を持って消えていった。
だから、奥さん大事にしろよって言ったのに。銀さんのばか。大好きだよ。大好きだから、泣けないんだよ。
涙を流す資格を下さい
(10/03/18 ついに不倫シリーズ化。何してんだわたし)