お妙ちゃんのうちの前で、近藤さんを見かけた。
あたしは走って逃げた。見たくなかったもの、お妙ちゃんに笑いかける近藤さんなんて。
近藤さんの心にあたしの入る隙間がない事くらい、自分でしっかりわかってる。
けど、懲りずにお妙ちゃんの所に通って、殴られて、怪我して帰ってくる近藤さんの手当をするのはあたしの役目で、だから、あたしはもしかしたら近藤さんの心がお妙ちゃんでいっぱいなことに、感謝しないといけないのかもしれない。
独占欲なんて、醜いだけだ。溜息しか出なかった。
しばらくして近藤さんが屯所に戻ってきたのだろう。土方さんがまたあたしを呼びにきた。
「悪ィな、男どものメシの世話だけでも大変だってのに」
土方さんがそう詫びてくれたけど、いいえ平気ですからとあたしは笑った。
実際、近藤さんに触れる大義名分をいただけるのだから、むしろ有難いくらいだった。
…女中として志願したのも、ぜんぶ近藤さんの傍にいたいからだもの。
「またお妙ちゃんとこで殴られたんですか?」
精一杯笑う。幸い近藤さんは鈍いらしく、あたしの気持ちには気付いていないらしい。
お妙ちゃんが大輪の八重桜なら、わたしはきっと道端に咲いた菫みたいなもんなのだろう。
地味な色で、小さな花で、しかも咲くのは足元で。目も止められず、踏み潰されてしまうかもしれない。そんな花。
「いつも済まないなあ…だって忙しい所を。迷惑じゃない?」
「大丈夫ですよ。仮にも真選組の長が顔に青あざ作ってちゃ、示しがつかないですもん」
それもそうか、近藤さんは豪快に笑う。その頬にある拳の痕に氷を詰めた袋をあてがいながら、あたしの口は自然に動いた。
「お妙ちゃんのコト、好きなんですね」
「ああ、向こうは全くそうでも無いらしいが」
さも何でもないことみたいに近藤さんが答える。想いが通じないということがどんなにつらいことか、あたしは知ってる。
だから近藤さんは強い人だと思う。だって、いくら邪険に扱われてもめげないんだもの。
言いだす勇気すらないあたしとは…うん、大違い。
「けれど、そんなに想われて、きっとお妙ちゃんも嫌な気持ちはしないと思いますよ」
弱いあたしはこうやっていい人を演じる。そう、近藤さんの近くにいられるだけでいいのだ。
たとえいつか近藤さんがお妙ちゃんと結ばれてしまったとしても、あたしは、あたしのままで…いいの。
「どうだろうなァ…こんなゴリラみたいな男なのに?」
「そんなことないです、すごく素敵ですよ、近藤さんは」
あたしにはこれが精一杯で、気付かれないように好意を示すのは、もう得意技だ。
近藤さんはもう一度がははと笑って、あたしの方を見据えて言った。
「みたいな可愛い子に言われたら、つい勘違いしてしまいそうだな」
小さき菫の大輪
(08/03/05〜09/04/03までの拍手お礼夢。 近藤さんはどうしても切なくなる)