友人から預かっていた猫を逃がしてしまって途方にくれていたあたしを救ったのは、一見パッとしない、ギャグ漫画だと万年ツッコミで終わるような地味な少年だった。
あたしと同い年くらいのその少年はあたしよりもずっとしっかりしていそうで、泣き出したいくらい困っていたあたしを落ち着けて一緒に猫を探してくれた。
それだけで、あたしがその少年をすきになるには充分だった。



「たまー」

あたしの声が虚しく宙を這う。これで溜息をつくのはもう何度目だろう。目じりに滲む涙が虚しい。泣いたって猫は見つからない、そう言い聞かせてあたしは足を引きずった。
このままじゃ友人に合わせる顔がないし、見つけるまでは家にも戻れない。このまま猫が見つからなかったらあたしは友人に見放され、そして罪悪感に苛まれ、一生苦しむんだろう。
そんな暗い人生やだ、あたしは将来かっこよくなくていいから堅実で優しい旦那さんと結婚して幸せな家庭を築いて、バラ色とまではいかなくても桃色の幸せな人生を送るはずだったんだ。
それをあんな三毛猫一匹に壊されるなんて納得がいかない。そもそも、その三毛猫一匹の面倒も見きれなかったあたしにそんな人生は送れるんだろうか、自分に腹すら立ってきた。
「も、やだァ…」
どんどん思考は暗い方向へ向かっていって、あたしはうずくまってしまう。泣いたってしょうがないのに、落ち込んだって何も変わらないのに、そんなことは解ってたのに、それでも沈まずにはいられなかった。
本格的に涙が一筋こぼれたその時、あたしに声をかけたのだ、その少年は。

「大丈夫ですか?どうなさったんですか?」

あたしはその少年の顔を見てまず感じた。かっこよくないけど堅実で優しそう。こんな人がきっとあたしの未来の旦那さんだ。
顔を見つめたまま動きを止めてしまったあたしに、少年はおどおどとして「あの、大丈夫ですか?」ともう一度問いかけた。

「あ、はい、大丈夫です!御心配おかけしてしまってすみません」
「大丈夫ならいいんです。あ、でも、もしお困り事なんだったら僕協力しますよ?これでも万事屋…なんでも屋、やってるんで」

眼鏡の奥の、少年の瞳が微笑む。あたしはその笑みに安心して猫を逃がしてしまったことを伝えた。
すると少年は大変ですね、と、まるで自分のことのように悲しそうな顔をして、一緒に探しますとまで申し出てくれた。
あたしはその好意を有難く受け取って、それから二人で猫のすきそうなところを色々巡った。


路地裏や魚屋さんの裏手、ゴミ箱の中まで覗いたけれどそう簡単に逃げた猫なんて捕まらない。
何個目かになる公園であたしはついに諦めてブランコに腰掛ける。
「たま、居ないね。もしかしたらもう江戸の街には居ないのかな」
ゆらゆらと腰掛けたブランコを小さく揺らしながらあたしがぽつりと言うと少年は言った。
「そんなことないですよ!絶対います。きっと今ごろ、さんに見つけて欲しがってるはずです」
あたしは笑って「ありがと」と礼を言い、軽くブランコを漕いだ。
あたしの頬を風が撫でて、涙の跡を乾かす。

まだまだ、猫はみつかりそうになかった。









そよいだ風にこめた願いは

(06/11/04〜12/20までの拍手お礼夢。新八つかめないよ…!)