「ぎゃあッ」
今年の冬はまれに見る豪雪で、あまり積らないはずの江戸の町も、長靴が埋まってしまうほどの厚みの雪がどこかしこで通行人を梃子摺らせていた。
鈍臭さには定評のあるあたしも例にもれず足をとられた一人で、すべってこけて雪まみれになってしまった。
昨日新調したばっかりの着物はきっと家につくまでにびしょ濡れになってしまうだろう。想像したらなんだか凄く悲しくなって、溜息がひとつ。
「「最悪だ…」」
溜息ついでに思わずこぼれたあたしの声と、誰かの声が偶然にもかぶった。
驚いてそっちの方を見る、と、同じく雪まみれになって悪態づく美少年。
その少年は色素の薄い綺麗な髪にまで雪をかぶって、あたしより酷い状況だった。
「…っ、あの、大丈夫ですか?」
仲間意識、ってのじゃないけど、心配になってあたしは問いかける。するとその少年が顔を上げて、真正面から直視するとやっぱり信じられないくらい美少年だった。
その少年の着てる服は世間一般でよく見るような着物じゃあなくて、黒っぽいかっちりとした感じ。
どこかで見たことある…、その記憶を引きずり出そうとあたしは一生懸命になった。
「大丈夫でさァ……って、何見てんですかィ。」
知らない間にその少年…もといその少年の服を見つめる、というより睨んでしまっていたようだ。少年が怪訝そうな顔であたしを見た。
「あ、いや、その…あの、見覚えあるんだけどどこで見たのかなって……すいません」
急に問いかけられて慌ててしまって、明らかに挙動不審な態度をとる。ただでさえ鈍臭いあたしに上手な弁解なんてできるわけもなく、ただ謝って俯いた。
「……見覚え?そりゃあるハズでィ。真選組、どっかで見たこと位はあるだろ」
「っああ、あの!そういえば一度、お祭りか何かの警備をしていらっしゃるのを拝見したことがあります」
自力では無いにせよ、少年の言葉であたしは記憶を取り戻す。それが嬉しくて思わず笑ったら、少年が気まずそうに目を背けた。
何か悪いことでも言ったんだろうか、心配したけど、少年はあーとかうーとか唸ってから、こういう時どう言やイイかわかんねえや…そう呟いて立ちあがり、あたしの方に向き直った。
「もし興味がお有りなら一度遊びにきてくだせェ、屯所まで。」
「え、いいんですか?」
正直「武装警察」とまで言われるその人たちに興味がないわけではない。でも社交辞令だろうその言葉に飛び付いてしまった自分をあたしは恥じた。
「構やしませんぜ。底意地の悪ィ上司とかゴリラとか、ミントンしかできねェ奴とか居ますけど、それでアンタがイイんなら」
「(…ごりら?)いえ、そんな、あの有名な真選組の方とお近付きになれるなんて、あたしすっごく嬉しいです。」
言ってから笑った。今度は少年も一緒に笑ってくれて。
「俺は沖田総悟。俺の知り合いだって言やあすぐに中へ通してくれまさァ」
「あ、ありがとうございます!」
「アンタは?」
「え?」
「アンタの名前。何て言うんですかィ?」
「あ、。、と申します。」
「へェ…じゃ、俺はこの辺りで。」
「はい、さよなら。きっと行きますから、その時まであたしのこと、覚えててくださいね」
当たり前でさ、少年はそう言って笑って、それから去り際に「早く立ちあがんねーと、着物、シミになっちまいやすぜ」そう言った。
そういえばあたしはまだ雪の中に埋もれたままだった。少年の言葉でそれを思い出して、反射的に恥ずかしさがこみあげる。
立ちあがってから家までの道を急いだ。
きっと遊びに行こう。その時はこの着物を着て行きたい。
シミに、ならないといいんだけど…。
はじまりはあの雪の日
(06/12/26〜07/05/04までの拍手夢。意味不明の極みw)