あたしは一人、遠出には似つかわしくないくらい少ない荷物を抱えてターミナルに立っていた。
そう、あたしはひとりなので、誰もあたしがいなくなっても悲しまないから、しがらみがなくて助かった。
さようなら地球のみなさん。今日、あたしはこの地球を旅立ちます。
…あたしはひとり、っていうのは、厳密に言うとウソ。本当は、この地球にも、愛を誓ったひとがいた。この間までは。
彼はお仕事が忙しい人から、愛といっても非常にタンパクなものでありましたし、そのタンパクな愛のおかげで、あたしもずいぶん大人になった。
一人でも全然寂しくない。寂しくないよ。彼があたしよりお仕事を選ぶことも分かってるから、あたしは今日、旅立つんです。彼の重荷にならないうちに。
もう、マンガやドラマみたいな展開を期待するほどコドモでもないし。そうやって理由を作ってゲートへ向かうあたしを、呼び止めた声。
「!」
ほんと誰ですかって感じ。いや、知ってる声でした。けど、だって、せっかく見切りをつけたのに。なんだそれ。
「…土方さん」
振り向いたらやっぱりドンピシャリ。あたしの名前を呼んだのは土方さんで。
肩で息をする、そのらしくない姿にあたしは首をかしげた。もしかして、走ってきてくれたんだろうか、いや、まさか。このひとが、あたしを追いかけたりするはずないもん。
土方さんはいつだってクールで、あたしがいてもいなくても、きっと困らないから。
「、…行くな」
そんなクールな土方さんの、さらにらしくない姿に、ドラマのヒロインじゃないあたしは噴き出してしまった。
土方さんが眉を顰める。だって、そんな、土方さんが「行くな!」って…
「マンガかっつーの!」
「うっせ! 俺だって悩んだンだよ。けど、やっぱお前が居ねーと、なんか味気ない」
そう言って土方さんがうつむいた。…バカ、ちょっとだけきゅんってしてしまっただろ。
普段クールな土方さんの、精一杯のきもち。今すぐ搭乗券を破り捨てたっていいくらいの気持ちと、それから、遅すぎるんだよ土方コノヤローって気持ちが、あたしのなかで複雑に入り混じって。
つい、意地悪をしたくなる。
「『君がいないとダメだよハニー』って言って下さい」
「はあ?」
「遅すぎです。止めるならもっと早く止めてよ、っつか、はじめから優しくしてよ!」
「わ…悪ィ」
「ほら、言ってください。大きな声で」
はあ、と土方さんが溜息をつく。それからすぐ、気付いたら土方さんはあたしの目の前にいて、あたしをきゅっと抱きしめて。
「あいしてるから、俺から離れンな」
そう、耳元で囁いた。
あたしのお願い通りじゃないけど、しかたない、許してやろう。あたしは真っ赤な顔で、こっそりポケットの中の搭乗券を、きつく握りつぶした。
土方さんの唇とあたしの唇が触れたそのとき、ターミナルから、また、たくさんのひとが飛び立ってゆく音がした。
終着点
(09/03/14 らしくない土方さんを書きたくて…)