紅色の放課後
観戦席の最上段一番右端。…の椅子の陰に隠れつつ、私は忍足をそれ越しに眺めた。
今はダブルスの練習中なのか向日と同じコートに入って、相手のペア二人を見つめている。
当然私の存在に気がついているわけもなく。
椅子の背もたれに手を引っ掛けて重心を後ろへもってゆき、腕を伸ばす形で下を向く。
漏らすつもりのなかった溜め息は無意識に口から漏れ出し、はああ、とかすかな音になった。
(気がつかれても困るけどさ、まったく気がつかないってのもどうなのよ…)
何となく、気分的に脱力。こんなのただの我侭だって知ってる。
大体、「忍足と付き合っている」時点で私は周りから
「ずるい」と思われているわけなのだから、きっとそれだけで満足しなきゃならないんだ。
…無理だけど。
続けざまに顔を上げてまた忍足に視線を戻すと、
先ほどの練習は終わったのかタオルで汗を拭きながら、
ぴょんぴょん跳ねる向日に笑いかけていた。
胸にモヤモヤしたものが生まれた気がして自分が嫌になる。
だって、相手は男なのに嫉妬するなんて、よっぽど。
ヤダなあ、と苦笑しつつ息を漏らすと、
少し目を離した隙に忍足が向日の横から消えていた。
当然タオルも一緒にだ。
「、どないしたん?」
「………」
「?」
「なんっ…!?」
何で忍足がこの場に居るかな!
詰まった言葉の先はこれ以外の何物でもないのだけれど、
1文字目でとまってしまった私はそれ以上続けるでもなく言葉を飲み込んで、
それでもそこから言葉を出せず口をパクパクとさせながら失礼にもかかわらず忍足を指差した。
忍足はそんなこと気にもしないように、
まだしたたる汗を手に持っていたタオルで拭いながら、クスクスと笑いをこぼす。
嘆息するようににこりとすると、そのタオルを椅子の背にかけて私の頭に手を伸ばした。
「、金魚みたいになっとるで?」
「…うわあ、何それヒドイ!」
「せやかて口パクパクして…金魚みたいでかわええわ」
まだ少し汗をかいた右手で、髪を乱すように頭をくしゃくしゃと撫でられる。
その手を上目遣いで見ながら悔しくて唸ると、忍足は喉の奥から笑いを零した。
本人は一応堪えているつもりらしいことは前々から知っている。
忍足は一通り笑い終えて落ち着くと、乱した髪を優しく撫でてくれながら、頬へと手を回す。
顔は相変わらず、人好きのする微笑。
見入っていると少しずつその顔が近づいてきて、
私の茶色過ぎる髪と忍足の青みを帯びた黒髪が合わさった。
目を閉じるとふわりと汗の匂いが漂う。
…って!
ハッと気がついて急に目を開けると、案の定驚いたのか忍足はビクリと体を震わせて離した。
「忍足、まだ練習中でしょ!?」
「…ええやん、そんなん。見つけて嬉しゅうなっとんねん」
「そんなん知らん! 早く戻りなよ!」
「知らん! て…そんな関西弁で言わんでも…」
「ホラ、そんな苦笑してないで早く戻って。私ももう外で待ってるし」
「…ハイハイ」
忍足はしゃーないなあ、などと呟きながら髪を掻き揚げ、
かけておいたタオルを掴み上げて首にかけると、すごすごと階段を下りていった。
後ろ姿をじとりと眺めながら、溜め息ともつかない息を吐く。
何か、テニスしてた直後の忍足って駄目だ。
いや、正確には汗かいた忍足が駄目なのかな。もうまさしくフェロモン全開としか思えない。
来たとき同様に誰にも見られないよう
密かに正レギュラー用コートから出た私は、部室の横のベンチへと座り込んだ。
忍足を待つときいつも使う、淡い水色のベンチ。最近ペンキを塗りなおしたのか色も鮮やかだ。
「お、居った。帰ろか」
「あ、うん。やけに早かったね?」
「そりゃまあ、寸止めされたわけやしな」
「うっ…ご、ごめん」
「…ええねんけど」
しおらしく謝った私に、忍足は笑い声を零しながらそう呟いた。
ベンチから立ち上がると、忍足の手がまた髪を撫でる。
「…ここでは駄目だよ?」
「えー!」
「…えー、じゃない。ていうか今も人見てるし」
「ほんなん、俺は見せつけたいけどなあ」
「忍足と私では感覚が違います」
「今度は敬語かい…」
「違う口調使わせる忍足が悪い」
スパスパと切るように話を続けると、
忍足は観念したのか諦めたように息を吐いて、ほな行こか、と手を出す。
顔に似合わず意外にもごつごつとした手を久々にまじまじと見つめていたら、
その忍足の手は勝手に私の手を掴んで進み始めた。
焦ってついていくのはもうほぼ日常だと思う。
忍足は私の歩調に合わせてくれる気がないみたいだから。
ゆっくりと歩いているつもりの忍足に早足になりつつ手を引かれる。
会話はしたりしなかったり。たぶん、しなくても手が繋がってるから幸せだ。
「忍足はさ、全国大会まで大変だよね」
突拍子もなくテニスの話題を振る。
基本的に気分だけで言葉を発してしまう私は時々失敗したと悔やむけれど、今回は大丈夫そうだ。
急な話題に小首を傾げつつも、忍足は頷いた。
「せやね、跡部にもさっき怒られてもうたわ」
「ああ、ホラやっぱり。早く戻って良かったでしょ?」
「いや、結局怒られるんやったら、キスしたかってんけど」
「…アホ忍足め」
「うっわ、ヒドイわー」
クスクスと楽しげに笑いながらそれに合わないセリフを吐く忍足を、
じとっと見つめては目が合うと逸らした。
眼鏡かけてる分、まだマシなんだけど。なんだけど、さ。
やっぱり今でも、目を合わすだけで顔が火照ってきそうで、自己嫌悪する。
というか、恥ずかしいという気持ちが大きいのか。
葛藤しながら、周りの景色なんて気にせず手を引かれるままに歩いていくと、
気がつけばそこは私の家から数分の場所にある公園で、
昔遊んだ遊具たちが夕焼けに紅く染まって違うものに見えた。
「忍足…?」
同時に紅く染まった忍足も、いつもと違うように見える。
知らなかった、青みを帯びた黒髪に夕焼けの紅が混ざると、不思議な色になる。
じっと眺めていると忍足はふわりと顔を近づけ、そのまま軽く触れるだけのキスをした。
あれだけ言っていたくせにこれだけなのかと正直内心首を傾げたけれど、
忍足の雰囲気が違い過ぎて口にも動作にも出せなかった。
「…何や、がキレイに見えてしゃーない…」
異色を放つ髪をいつも通りにくしゃりと掻き揚げ、忍足は顔を逸らしながら呟いた。
ついクスリと笑ってしまう。
「それは、どうも。忍足もキレイに見える」
「何やねん、誉め言葉か、それは?」
「一応ね。だって髪の毛、不思議な色。見入るよ」
「髪だけなん?」
「…まさか」
フフッと笑って忍足の髪に触ると、それはサラリと手からすり落ちた。
染めきって痛んだ私の髪とは違って、触り心地が良い。
忍足は口元を吊り上げてニヤリと笑い、私の髪をかき分けて額にキスを落とした。
「の髪も、夕焼けに透けてキレイや」
そのときの顔もセリフも顔を染めるものでしかなかったけど、夕焼けの所為だと言い張りたい。
そんな放課後。
素敵きよすみ絵を貰ったお礼に虹原ぐみ様へ押しつけます。
「捧げる」ほど良いもの書けないのが玉に瑕。
…というかラブラブはまだ良いとして(?)、忍足これ爽やかですか。
どうなのかな…。すみません!
06 07 20 椎谷
ずーっと前に椎谷たまんに絵を描いて捧げたら御返しに、と何やら忍足夢を書いてくだすって…なんて素晴らしい人なんだろう椎谷たまん。
リクエスト(「爽やかな忍足」)(自分でもどんなやねんとツッコミたくなるくらい意味不明なリクエスト)にしっかり答えてくださる辺りプロだと思います。
ていうか文才…!文才!羨ましい!んだけど…。文章に人柄が出るってほんとだよね。椎谷たまんの忍足に抱きつきたくてしかたないです(…)
頂き物にアップするのが大分遅くなってしまって、申し訳ない気持ちで一杯です…orz (2006/11/04)
椎谷たまんの素敵サイトはこちら。
普段はテニプリの二次創作小説で活躍してらっしゃいます!
ちなみに、「虹原ぐみ」は前サイトでの森永のHNです。恥ずかしい…